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世界遺産 﨑津集落が、GOOD DESIGN BEST100を受賞した件。

ふるさと住民の木下です。
今年もよろしくお願いします。

今回は、新年一発目の更新ということで、サクッと読めるライトな記事をと思っていたのですが・・・昨年お知らせできていなかった大きなニュースがあったことが気になって気になって(苦笑)ということで、今回はちょっとまじめな内容でお届けしたいと思います。皆様とわかちあいたいうれしいニュースでもあるので、どうぞ、お付き合いくださいませ。



グッドデザイン賞ベスト100「﨑津・今富集落の文化的景観整備」について

2018年の世界文化遺産登録で沸き立った﨑津集落。コロナ禍を経て、今はすっかり静けさを取り戻しています。そんな海辺の集落に再び、明るい話題が飛び込んできました。GOOD DESIGN AWARD2022(公益財団法人日本デザイン振興会主催)の「GOOD DESIGN BEST100」受賞のニュースです。


 
そもそも今回の受賞対象となった「﨑津・今富の文化的景観整備」は、住民や行政、専門家がタッグを組み、10年以上に渡って取り組んできたまちづくりの取り組み。2013年、﨑津・今富集落が漁村としては初となる「国の重要文化的景観」に選定されたのを皮切りに、両集落における町の景観や営みの保存計画が策定され、文化を次代へつなぐための取り組みが行われるようになりました。そして2018年7月には、﨑津今富集落が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の12の構成資産のひとつとして、世界文化遺産に登録されました。

過疎地で文化をつなぐ、ということ。


3つの評価に共通するのが「文化」という視点です。文化とは、自然との関わりの中で人がつくりだすものであり、衣食住をはじめとしたくらしや生活様式、価値観などを表す言葉。どんなに映えある賞も、その文化自体をつなぐ人がいなければ、意味がありません。そうしたことから、﨑津・今富では以前から、世界文化遺産登録を視野に入れたまちづくりだけでなく、少子高齢化を含めた地域が抱える問題点など、産学官を交えた議論や模索が行われていました。なかでも重要視されていたのが、「住民ひとりひとりがこの地にある価値を知り、つないでいくことの大切さ」です。奇しくもこの間、富津小学校や河浦高校の廃校が決まり、地域の学びの場が途絶えてしまうことの不安を多くの人が感じていました。

住民と学生の協働。富津ラボの取り組み


そんななか、研究・教育機関の枠を超え、地域住民や行政と伴走を続けてきたのが、熊本大学の田中尚人准教授率いる「地域風土計画研究室」、通称「富津ラボ」です。富津ラボが初めて﨑津で活動を始めたのは2008年のこと。﨑津と今富集落の真ん中にあった富津小学校が2011年度で閉校することが決まり、これを機に、同ラボが並走する形で、地域の文化を捉え直すさまざまな取り組みが行われるようになりました。

「﨑津のまち歩きのワークショップ」や「母校を考えるワークショップ」のほか、「﨑津みなとのフェスティバル」のサポートや、﨑津今富集落のシンボルマークづくりなど、「地域の方々と学ぶ」を念頭においた取り組みをつづける富津ラボ。ご縁をいただき、私も幾度かご一緒させていただいたことがあるのですが、中学や高校卒業と同時にふるさとを離れる若者も多い天草で、住民が集う場に「大学生がいる」ということの意味をことあるごとに感じています。さまざまな分野で地域のリーダーを目指す学生さんたちの、「ともに歩む」「ともに模索する」という姿勢に、学ぶこともたくさんありました。

高校生が考えた「私たちにできること」


なかでも大きな感銘を受けたのが、2015年の高校生ボランティアガイドの誕生(※)です。2016年度の廃校を控えた河浦高校生が、大学や地域とともに「今、私たちにできること」を考え続け、自主的に始めた取り組みでした。集中講義や実地研修を経てガイドデビューを果たした彼らは、バスで訪れる観光客に対し毎月一回、﨑津の歴史・文化的な魅力を伝える活動を行なうようになりました。人生の岐路でもあるこの年代にガイドという立場でふるさとを見つめ、外との対話を持てる機会を持ったこと。そのこと自体に、大きな意味があるように感じた出来事でした。
 
※高校が廃校となったこともあり高校生ボランティアガイドは存在しませんが、その文化は河浦中学校の中学生ボランティアガイドに受け継がれています。



受賞報告講演会①
「デザイン賞における評価」(星野裕司准教授)

さて、話題を「GOOD DESIGN BEST100」受賞のニュースに戻します。この受賞のベースとなったのが、「﨑津・今富の文化的景観整備」の文化的景観保全にかかる調査・計画と、グランドデザイン(将来構想)です。2022年12月25日、富津地区コミュニティセンターで行われた報告会で、これまでの取り組みについての講演が行われたので、その概要をご紹介しましょう。

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景観デザインの骨格を担い、GOOD DESIGN AWARDのプレゼンにも携った熊本大学「景観デザイン室」の星野裕司准教授は、デザイン賞における評価についてこう語りました。

「﨑津・今富の文化的景観整備のデザインのポイントは3つ。1つはデザインの幅の広さ、2つめは時間軸、3つめは仕組みのデザインです。10年にわたり、このエリアで行う公共事業はすべて皆さんと議論を重ね、全体としての風景の価値を高めてきました。ひとつひとつは目を引くデザインではありませんが、「自由だけど超えない」ことを意識し、もともとある風景への調和を丁寧に繰り返すことで、「ゆるやかな統一感」が生まれました。(中略)文化的景観は国宝などとは違い、「ものを永遠に残す」というのではなく、「暮らしそのものが宝物である」というもの。安心して暮らしていくためには、災害とどう付き合うかという視点も不可欠です。一般的に、観光と防災は分かれるものですが、﨑津・今富集落の景観デザインでは、高潮対策や砂防えん堤、教会沿いの海岸の治山整備などにもデザインの視点を取り入れました。防災は安全重視の設計になりがちですが、「本当にその規模が必要か?」という議論も重ね、皆さんが培ってきた暮らしの風景に馴染みやすくなる小さな工夫を凝らしました。


中山間地、漁村などには(都市部とは異なる)厳しさもあります。今回の「GOOD DESIGN BEST100」は、文化的な景観だけでなく、日本の地方におけるひとつのモデルになってほしいという審査員の願いが込められた評価であるようにも感じます。また、今回ダブル受賞となった「土木デザイン賞」は、審査員が身分を明かさず現地を訪問し、普段の姿に接して評価がなされます。皆さんが積み重ねてきたことは、皆さんにとっては特別なことではないかもしれませんが、これからの日本や世界のモデルとして共有したい“価値あるもの”です」。


受賞報告講演会②
「ふるさとは世界遺産」(田中尚人准教授)


熊本大学の田中尚人准教授は、18年に渡る産学官の取り組みをこのように振り返りました。
 


「﨑津と今富には、カケやトーヤといった文化構成資産があります。先祖から受け継いだ宝を、これからまちづくりに使える資産として有効に活用するためにつくられたのが、﨑津今富のグランドデザインです。(富津ラボ創設当時のメンバーが在籍する)「エスティ環境設計研究所」と天草市、そのほか測量や検討で携わった専門家や企業など、さまざまな人が横串となって遂行されたプロジェクトで、その設計にあたっては旧今富教会の写真をはじめ、住民の皆さんが持っているスナップ写真なども大切な資料となりました。(中略)文化的景観とは、自然が生み出したものと人々が作ってきたものとの共同作品。目には見えなくてもその土地らしさを生み出す仕組みを、歴史・自然・暮らしに分類し、それらを受け継ぐために選定されたのが重要文化的景観です。(中略)

以前、富津ラボでは富津小学校区における地域づくりの取り組みとして、「通学路の中の好きな風景について絵手紙を描く」というワークショップを行ったことがあります。そのときに児童の皆さんがいろんな写真を持ってきてくれ、何気ない日常の風景の大切さを実感できた取り組みでした。その後、河浦高校の閉校が決まり、地域の肌感が変わりました。当時の生徒会長が「河高伝説をつくりたい」と言ってくれ、自分たちの故郷を自分たちで考える若者が出てきたことをなによりうれしく思いました。


高校はなくなってしまいましたが、紋付屋跡地の整備にあたっては、皆さんから聞いた思い出をはじめ、こうしてほしい・こうありたいということをみんなで真剣に議論し、形をつくっていきました。公園はつくって終わりではなく、使わなければいい「場」にはなりません。そうした意味でも、今回の2つの賞はこれまでに関わってくださったすべての皆さんのおかげで受賞できたものだと思います」。
 

「今や「世界遺産」となった﨑津集落。世界遺産を多く有するヨーロッパが石の文化であるのに対し、木質文化の日本では、街並みを「更新」していかねばなりません。その際、必要なのが「まちづくりの視点」です。まちづくりとは、地域住民、行政、企業、よそものも加わって、みんなでやるものですがもうひとつ、「終わりのない」という概念も大切です。また、世界遺産や今回のグッドデザイン賞はあくまでも、みんなが暮らし続けてきた結果です。だからこそいつまでも、﨑津らしく・今富らしく、しあわせに暮らし続けられることを念頭にこれからも皆さんとともにまちづくりに取り組んでいけたらと思います。
﨑津・今富の文化的景観整備は「ここにしかないもの」である一方で、「天草全部にあるもの」の象徴でもあります。そうした意味でも、今回の受賞や取り組みが、天草全体のものとして広がっていくことを願っています」

ふるさと住民としてできることを考える


公益財団法人日本デザイン振興会が運営するグッドデザイン賞は、日本で唯一の総合的なデザイン賞ともいわれます。応募総数5715点のうち、2022年のグッドデザイン賞を受賞したのは1560点。なかでも特に高い評価を得た100件に贈られるのが「グッドデザイン ・ベスト100」と考えると、その注目の度合いが伝わってきます。
同会のサイトによれば、「デザインの優劣を競う制度ではなく、審査を通じて新たな「発見」をし、Gマークとともに社会と「共有」することで、次なる「創造」へ繋げていく仕組み」とのこと。セレクトショップの商品棚などで見かける「G」マークのように、物に対する評価ならば、「買う」ことで喜びをわかちあうこともできますが、今回の評価対象となったのは「文化的景観整備」というなんとも雲を掴むようなもの。初めて聞いた時は、デザインを作った人や整備を行った人に対しての「おめでとう」なのか?と多少戸惑った部分もありました。でも、いろんな話を聞いてみると、これは「暮らす人」「育った人」「訪れた人」など、﨑津や今富地区、また天草に関わるすべての人に贈られたエールであるようにも感じました。
田中先生が語った「地域住民、行政、企業、よそものも加わって、みんなでやる」「終わりのないまちづくり」という言葉があらためて胸に響きます。天草にいる人も、心に天草をもつ人も、しあわせに暮らし続けられることを念頭に「ともに考え、ともにある」そんな2023年にできたらとも思います。



(photo&text by 木下真弓/シマノタネ)


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