1株の月桃からはじまった「第3の人生」。
天草諸島最南端の有人島 下須島(げすじま)。牛深ハイヤ大橋を見渡す水産加工場「西岡勝次商店」の周囲には、33アール(約1000坪)の月桃園が広がっています。「guest garden WEST HILL」と名付けられたこちらの園はUターン後、家業の漁業・水産業を経て、10期約40年に渡り熊本の県政に携わった西岡勝成さん(77)が、「我が人生、旬々に生きる」を基本にした“第3の人生”を育む場所でもあります。月桃との出会いについて、西岡さんに話を聞きました。(聞き手/木下真弓)
離れて暮らす家族の絆が生んだ、月桃畑。
―そもそもこの場所には以前から、月桃が咲いていたんですか?
西岡
10数年前、長女が贈ってくれた1株の島月桃が、この月桃畑の始まりです。月桃は見るのも育てるのも初めてでしたが、見事に花を咲かせ、ほおっておいたら実がなりました。美しさももちろんですが、調べてみると、植物そのものが非常に面白い。ショウガ科ハナミョウガ属の月桃は、東南アジア原産の多年草。つぼみが桃のような形をしていることからその名がついたといわれているそうです。
もっと知りたくなって、プライベートで長崎県大村市の「長崎月桃研究所」を訪ねました。所長の永田さんは当時、80歳くらいだったでしょうか。いろいろとお話をしているうちに、「西岡さん、あなたが引き継いでくれるなら、ここで育てている株を譲りたい」と言っていただきました。ここにある株のほとんどが、当時譲っていただいた株から挿し木で増やしたものです。
ここでは今、「島月桃」「大輪月桃」「台湾月桃」という3種類・約350株の月桃を育てています。山よりも海のそばが合っているようだから、この「下須島(げすじま)」を“月桃の島”にできたらいいなと思い、島の皆さんにも働きかけているところです。
ハイヤ大橋にもよく似合うでしょう?
自立したくらしと医食同源の理念で目指すのは、“笑顔で100歳越え”
―ハイヤ大橋にも、海や出汁の香りにもよく似合いますね。しかし、親子の絆が始まりとはいえ、約10年でこの規模まで広げられたのは驚きです。よほど、月桃に魅せられたのですね。
西岡
月桃は、ポリフェノールが赤ワインの30数倍も含まれていて他にも多くの薬効があり、沖縄では古くから、漢方として用いられていたそうです。わが家ではお茶や焼酎の割り水として、葉を煎じたものを毎日愛飲しています。精油や芳香蒸留水なども抽出でき、台湾などではコスメにも使われているそうです。繊維質の多い植物なのでカゴを編むこともできるし、残さは和紙にもなります。本当に捨てるところのない植物なんです。
―健康にも美容にも、日用の道具にもなると思えば、育てるのにも張り合いがでますね。
西岡
今は、人生100年時代。“世界5大長寿地域”として知られる沖縄県読谷村のように、自然のなかで元気に長生きできる島を目指したいと思ってね。医療費や制度に頼るのではなく、自立したくらしのなかで健康寿命を伸ばすためにも、月桃をはじめとする薬草の力を大切にしたいと思いました。
そこで、有志のグループをつくり、月桃を主力にボタンボウフウなど天草にゆかりある植物や、この島の風土にあった薬草の栽培に取り組んでいます。昔馴染みの仲間や、食改さん(食生活改善推進員)たちも協力してくれるのがありがたいですね。手入れや活用方法、レシピの研究など、みんなで楽しみながらやっています。最近は育てたものでオリジナルの薬草茶をつくり、離れて暮らす家族にも毎月、送っています。みんな揃って、“笑顔で100歳越え”を実証するのが目標です。
牛深ハイヤと阿波踊りをつなぐ、藍栽培
―最近は、タデ藍の栽培にも力を入れているそうですね。
西岡
藍の産地で有名なのは徳島県ですが、実は、その繁栄の背景に牛深とのつながりもあるんです。藍は“肥料食いの作物(※)”と言われているらしく、江戸時代後期には牛深から徳島へ、何千貫(1貫=約3.75kg)もの干鰯が“肥料”として船で運ばれていたそうです。その縁で、「牛深ハイヤ」が徳島の「阿波踊り」につながったとも言われています。当時は、牛深にも藍染めの卸問屋のようなものがあったようです。
※肥料食いの作物
肥料の吸収力が強く、肥料が切れると生育に影響するため、成長に合わせて定期的に追肥が必要とされる作物のこと
―そういえば、かつての天草の漁師たちが作業着として着ていた「どんざ」も、藍色のものがありますね。
西岡
そう。どんざにも藍染めの生地が使われています。藍染めの着物には虫がつかないと言われているので、そう考えると実用的です。そうした背景を知り、天草の歴史や文化を語る植物として育ててみたいと思い、種を取り寄せて育ててみました。ここは埋立地なので土そのものがあまり良くなく、本来、タデ藍の適地とは言い難いですが、自家製堆肥が奏功したようです。
SDGsの視点で「節」製造元ならではの循環農法。
―藍や月桃はもちろん、どの薬草も埋立地であることを忘れるほど元気に育っていますね。自家製堆肥にはどんな工夫があるのでしょう?
西岡
息子に託した「西岡勝次商店」では、出汁原料となる節や煮干しの製造を行っています。サバやウルメイワシ、ソウダガツオ、アゴなどさまざまな魚種を扱っていますが、ウロコや骨などの残さと、燻乾(ばいかん/煙で燻して乾燥させること)の際にできる木灰を混ぜ、じっくり寝かせて、熟成堆肥をつくっています。これを畑の土に混ぜ込むことで、月桃や“肥料食い”といわれる藍も、専門家が驚くほどのスピードで育ってくれるんです。ありがたい循環ですよね。今でいう、SDGsの理念に基づいた薬草栽培です。毎朝、畑に出て手入れをするのが楽しみで仕方ないんです。こうした毎日も、“笑顔で100歳越え“につながる秘訣かもしれません。
(インタビューを終えて)
オープンガーデン「藍と、月桃」
昨年は大雪と霜の被害に遭い、1年越しの開花となった今年。6月初旬から下旬までという貴重な花の季節をひとりでも多くの人とわかちあおうと、西岡さんは6月8日、仲間とともにオープンガーデンを開催しました。
時折、小雨の降る日だったにもかかわらず、天草内外から約70名の見物客が訪れ、「guest garden WEST HILL」はまさに“ゲストを迎える庭“に。自慢の月桃を使ったお茶や特製だんごの振る舞い、藍の生葉染め体験のほか、島内のアロマアーティストらとコラボした体験なども行われ、訪れた見物客は思い思いにときを過ごしていました。
ちいさな島で紡がれる、くらしの風景。
そのひとつひとつに誰かの物語があります。
1株の月桃がもたらした西岡さんの“第3の人生”は今、始まったばかり。ここからつづく物語にふれたい方はぜひ、「guest garden WEST HILL」のこれからにご注目ください。
今回の文責 木下真弓(天草市ふるさと住民)